「それがいつものことだから」 青い光に目を細め、墨のような黒髪の短髪に触れながら、あの子は笑った。 その言葉を喋って笑ったあの子に感心しながら、僕は何もない背を向けた。 あの子の笑顔に向ける顔なんてなくて、あの子にかけられる言葉は僕の言葉じゃなかったから。 そして、あの子はもう一度言った。 「それが、いつものことだから」 二度目の言葉は僕の背中に鋭く突き刺さって。二度目にあの子は笑ってくれなかった。 そのあと、あの子は言ったから。だから僕は悲しくなった。 ――最後の笑顔だった。 嗚咽をこらえるように、決して綺麗なんかじゃない海辺に座ったまま。 コンクリートで形を変えられた、工場の排水が汚す海を眺めて。 座ったまま。 あの子は、そっと差し出した僕の手に、そっと触れた。 その手つきは、ひどく優しい。 「ばいばい」 こらえきれない涙を流したあの子は、僕の手をすり抜けて。 小さな手を地面に落とした。 僕とあの子は、同じ日に生まれて、ふたりが生まれた二週間後に初めて会った。 本当の兄弟なんかよりも、ずっと長い時間、一緒にいたはずだった。 あの子が全てを燃やす日までは。 表情のない十歳のあの子は、あちこちが黒くこげたスカートの端を持って、口をあけた。 「もう守ってあげられない」 そして涙を一滴ぽろりと零す。 あの子が生まれる前の日に、僕はこの世から消えた。 あの子が生まれた日に、僕はこの世に戻ってこれた。 僕は、あの子以外の人に話しかけられたことがなかった。 この世――十歳になったあの子が言うには、現世。 一度現世から消えてから、あの子以外の人に話しかけられたことがなかった。 十歳になったあの子が言うには、僕は死霊。 つまり、ゆうれい。 あの子は九歳の時に、海沿いの工場の火事で家族を亡くした。 あの子は家族を亡くした時に、十歳になった。 そのときあの子は、焼けこげた両親の体が見つかったというのに、僕をつれて海に行った。 僕が人前で話せば、あの子は皆に心配されるから。 あの子は、僕が喋りたいと言ったら、両親の体を放置して海に行った。 優しい子。 ――僕のせいで、ごめん 僕のせいで、両親の傍に行けなくてごめん。そう気持ちをこめて、ごめんと言った。 すると、不思議なあの子には伝わるから。 僕の姿が見える、不思議なあの子には伝わるから。 そして、あの子は言った。 「平気」 何も無い顔で言って、続けた。 「それがいつものことだから」 了 |
| 広告 | [PR] 花 紅葉めぐり わけあり商品 ヒートテック | 無料レンタルサーバー ブログ blog | |