いつかのあの景色、今は雨に濡れているから。
 だからわたしも、涙を流したんです。

            *

 はじめてきみに会った日は、宇宙まで透けそうに済んだ空が印象的で。その空ときみの黒い影が対照的でもあって。そのコントラストを見せつけられて、だからわたしは惹かれたわけで。
 そうと手を伸ばして触れたきみの髪は柔らかくて、温かくて。その時のわたしには痛いほどのぬくもりだった。だから、痛みを感じて笑顔をみせて、不安げな顔をするきみを安心させた。その時は、本当にわたしなんかが笑ったところで、人の心を動かせるとは思っていなかった。
 今は少しだけ、きみのおかげで、思っているけれど。
 またこの場所で会おうと約束をして、その日は夕暮れに染まる河原を歩いた。
 いつもなら脇目もふらずに向かう路、わたしははじめて景色を見ながら歩いた。

 昨日とは違う格好をしたわたし。最初、きみはわたしだと分からなかったみたいで。それでも静かに近づいて、昨日の顔で笑う。するときみも分かってくれた。少しだけ、嬉しかった。
 橙の壁のように、夕暮れの空はわたしときみを閉じ込める。地球と空は、人間なんかに宇宙空間を自由にさせてくれない。それでも。不自由な自由の中で、わたしは沢山のことをきみに話した。
 わたしたちの座っている河原は広くて、目に映る全ての景色が果てない地平に浮かぶもののように思えること。
 もっと単純に、きょう、学校でおきたこと。授業中に消しゴムを落として、そしてなくしてしまったこと。せんせいに指されたのに、答えられなかったこと。あの子はいつも、まるで探しているみたいにわたしの失敗ばかり見つけて笑うこと。
 そして別れ際に、こんなにたくさんのことを話せる友達ははじめてだということ。
 まさか、口にした途端なくしてしまうとは思わなかったから。
 この日もまた会うと約束をして、わたしはきみに背を向けた。

 耳に飛び込んだのは大きなブレーキ音。
 この目が見たものは急停止するバイク。
 全身で感じたものは凍えるような寒気。
 最初の思考はただ空白。

 どうしても、信じられなくて。なにかの間違いだと、思いたくて。
 それでもバイクにまたがるヘルメットの人影は、胸糞悪そうに顔をしかめた。そして、それだけだった。エンジン音以外は静かに、立ち去る。

 痺れたように動かない両足を動かして、半ば倒れるようにきみの元へ駆け寄る。
 生暖かい。
 わたしには痛いほどの暖かみではなくて、その温度はぬるりと気色悪い感触を伴って。
 赤黒い。
 はじめてのしんゆう。
 こんな形で亡くしてしまった。

 埋める。
 小さな黒い体を両腕に抱き上げ、きみと出会った河原に小さな穴を掘る。
 赤茶の土に、黒い体を横たえる。
 小さな穴に、小さな黒猫を寝かせる。
 親友を埋葬する。

 それ以来、あの河原は通っていない。
 唯一の例外である、きみの月命日を除いて。
 あの河原には、近づかない。きっと、また。大切なものを亡くしてしまうから。

            *

 いつかのあの景色、新しい制服に袖を通したわたしは、雨に濡れながら河原に立っている。
 天から沢山の水が降っているのに、ふりかえるわたしの目には橙の空が見える。その場所にあったものは成長したわたし以外、なにも変わっていなかった。それが悔しかった。
 いつかのあの景色、雨に濡れていたから。
 だからわたしは涙を流した。
 景色を台無しにしないような、埋め尽くさないような、透明な傘で天から落ちる水を遮ってもらえるまで。
 それはそう遠くない時間の先で。傘の持ち主は、黒い髪の男の子だった。



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