外部から与えられた刺激で思考停止するなんて不健康だ。だから私は、私に刺激を与えうる要素をすべて排斥してひどく健康的な生活を送る。

 これがイマの私。

 木漏れ日の射す窓辺でチェス。
 駒を持ちあげる。
 盤上を彷徨う。
「5」
 彼が私に言う。
 私の手と黒のポーンはゆっくりと盤上を彷徨う。
「4」
 と、言われる。
 私は手の高度をさげ、ポーンを着地させかけたが再び彷徨う。
「3」
 繰り返す。
 私の手がポーンと共に盤上を彷徨う。
「2」
 また減る。
 彷徨い続ける。
「1」
 彷徨う。
「0」
 声と同時にポーンが着地。
 彼が笑う。
「5・4・3」
 私は素早くカウントダウンをする。
「2・い」
 1、と数える前に彼は白のポーンを移動させ終える。
 彼はもう一度笑う。

 それが5年前の私。

 月明かりの射す窓辺でチェス。
 駒を持ちあげる。
 盤上を彷徨う。
「5」
 自分で自分に言う。
 私の手と黒のポーンはゆっくりと盤上を彷徨う。
「4」
 と、言う。
 私は手の高度をさげ、ポーンを着地させかけたが再び彷徨う。
「3」
 繰り返す。
 私の手がポーンと共に盤上を彷徨う。
「2」
 また減る。
 彷徨い続ける。
「1」
 彷徨う。
「0」
 声と同時にポーンが着地。
 私は小さく笑う。
「5・4・3」
 私は素早くカウントダウンをする。
「2・い」
 1、数える前に私は白のポーンを移動させ終える。
 私は黙って席を立つ。

 これが現在。

 私が完全に思考停止したのは今から5年前。
 窓辺でチェスをしたあの日から3日後。
 忘れることなんてできないあの日。
 いきなり、彼は私の前から姿を消した。
 永久に姿を消した。
 赤々と盛る炎。
 黒く煤け倒れる柱。
 ぱちぱちと弾け飛ぶ火の粉に轟音。
 燃えていた。
 私が招かれていた家。
 彼の住む家。
 なにものこらない。
 骨はのこっていた。

 恋愛なんてしてしまった私は彼を失っただけで完全に思考停止して、恐らくこの世に生けとし生ける総ての生物が驚くほどに生気を失って。その場に立っているだけに見えて、その実日光と地面から栄養を頂いている植物とは程遠い。あからさまに飛び回って蜜を集める蝶とも縁遠い。思考判断して自分の利を確保して食物を咀嚼嚥下して睡眠をとって自分の遺伝子を残して、それでも疲れ果てず往き続けられる人間とは次元さえ違うよう。
 自分を卑下することを止めたとて、所詮は外部からの刺激で思考停止するような不健康さ。
 時は、文字通り歯の立たない岩やその類の何らかでさえ風化させ微細なかけらを飛ばしてしまう。私も風化したのだろうか。そして彼を忘れて健康的な生活に憧れる。
 焦れ求め求め続けて手に入れた健康的な生活。
 それは私をひどく抑揚のない時に生きさせた。
 ただ不要物を排斥しただけで、私の時は止まってしまった。

 恐らく死ぬまで、止まってしまった。





広告 [PR] 紅葉めぐり わけあり商品 ヒートテック 無料レンタルサーバー ブログ blog