全部、全部全部全部、間違っていたと言って欲しい。 全部、全部全部全部、僕のせいだと責めて欲しい。 俺の人生を壊したのはお前だと、指を突き刺して怒鳴って欲しい。 そうしてくれれば、いくらも楽だったのに。 優しすぎるんだよ。 優しすぎるだけ、僕は素直な態度でいられなくなる。 それはほんの偶然だった。当然、僕にもニイにも再会するつもりなんて、これっぽっちもなかったわけで。大学の友達に勧められて見に行った無名バンドのミニライブ。確かにそいつの言ったとおりヴォーカルの子が可愛かったわけだけど、まさかそのステージで過去にちょっとした過ちを犯してしまった相手がいるなんて思いもしない。僕はヴォーカルよりもドラマーに釘付けだった。 あれって、ニイだ。 よりにもよって友人が一番前で見ようぜとか言い出すから、いくら僕が遠慮しても引っ張られてステージの真正面に来てしまった。いつ気づかれるかと、僕の心臓はそのバンドが奏でる曲よりも速いテンポを打つ。こんなところに居るのがバレたら、消息を探して追ってきたかと思われるだろうか。 ニイとは1年と3ヶ月ぶりの再会だ。いや――一方的な、再会であることを祈る。 どきどき、どきどきと心臓を鳴らしていると、いつの間にかドラムの音だけが消えていた。 そのときほど消えてなくなりたいと願ったことはあっただろうか。 なんて不安を抱いていた僕だけど、友人の手前逃げ出すわけにも行かずそのライブを最後まで聞いてしまって、ライブが終わった後でそそくさと逃げようとしたら逃げる前にあのヴォーカルの可愛い子に捕まって、ニイの前に連行されて、そして僕は成り行きで彼らが共同生活をする部屋に招かれている。友人だと思っていたあいつはヴォーカルの子――エナにその気はないと分かった途端に僕を見捨てて自分の彼女の元へと帰っていった。あんなやつ明日から友達じゃない。 絶対に拒絶されて厄介者だとあしらわれて冷たくされると思っていたのに、こんな僕にニイは未だ優しかった。ニイは普通の友達みたいに歓迎してくれた。他のメンバーに「あんなところで会うとは思わなかった」と困った風に笑って見せながら。 僕は決して同性愛者じゃない。その証拠にエナのことを可愛いと思った。ギターの人(無愛想な男で名をユウトといった)の彼女だと紹介されたユナミのことも綺麗だと思った。僕には敬称をつける習慣がないのでうっかり「ユナミ」と呼んだら彼女は何でもなく普通に笑ってくれたがユウトに睨まれた。それはどうでもいいとして。 突然未成年に煙草を勧めてきたあの日といい、ニイは本当に訳が分からない。今日は酒を勧められ、やはり僕はニイの飲みかけを奪いそれを飲んだ。下心はない。本当に、ごく少量でいいと思ったから。 うっかり酒に酔った僕に、ニイは「千鳥足。泊まってけよ」と言った。驚いた。 僕はそのままソファに転がって寝てしまう。夜中に目が覚めた。トイレに行く。勝手に水を貰う。頭が痛い。 がちゃ、とドアの開く音。僕はニイかと期待をしてしまったが、開いたドアから出てきたのはエナだった。 「あれ、あたしが起こしたんとちゃうよね? ごめんねー」 奇妙な関西弁を使うエナはにこりと笑い、やっぱり可愛いと思った。 「エナが来る前から起きてたよ」 とか答えつつ、男に混じって暮らしていると夜中に顔を合わせることもなんとも思わなくなるんだな、なんて妙な感慨にふけっていた。普通なら女の子が夜中に(それも数時間前に知り合った)男に会いたいわけがない。何もするつもりはないが、何をされるか分からないから。 あまつさえ「あたし寝られんかったから」と笑うエナは僕の隣に座る。誘っているのかと思った。 「…………」 僕は何も言うことがない。 「…………」 エナにも喋ることはないらしい。 沈黙。 「トヤくんは、どこ住んでるん?」 ようやくエナが口を開いた。 この子は僕の名前を「トヤ」と発音する。変だ。今度からは自己紹介のときに「トーヤじゃなくてトウヤだからね」の後に「トヤでもないから」と付け足す必要がある。 「もっと遠くだよ。学校はこの近くなんだけどね」 なんて言うとエナは、 「そうなん?」 その後に続けて「じゃあトヤくんもココに住んだらエエのに。でも部屋余ってへんしなぁ……」とか言い出す。知り合いを集めて集めて、集めまくって、エナはこの場所にどんなコミュニティを作るつもりなのだろう。 エナの発言が面白くて、僕は思わず、はは、と笑った。 「エナは可愛いね」 思わず言ってしまうと、冗談の通じる――というか通じすぎてしまう彼女は「何言ってんねんートヤくん口上手いなぁ」だとか、思わずもらした僕の本音を冗談としてかわす。 と再びドアの開く音。またもニイかと期待してしまった。 次に出てきたのはコウジ。ニイのバンドのベーシスト。 「……何してんのお前ら?」 声は硬いがのほほんとした笑顔を僕たちに向け、彼は僕たちの向かいに座った。たぶん、今の今まで僕らの会話を聞いていたのかもしれない。夕食をご馳走になっている短い時間で簡単に分かったことだが、コウジはエナに惚れているようだ。 それもどっぷりと深く、深く、まるで溺れているみたいに。 確かにエナは可愛いけれど、ちょっと言動が変だ。いきなり「ここに住んだらいいのに」とか言い出すあたりが。コウジにとって、それが可愛くもあるのだろうけど、ごく普通の男子学生である僕が彼女にするとしたら、ちょっと躊躇してしまいそうな子。 ふと我に返り、ここで僕は思う。やっぱり僕はホモじゃない。コウジを見ても何も感じないからだ。 何度も自分は同性愛者ではないと自己確認をする一方で、ニイに会いたいと強く強く思った。 僕はまだ酔っているふりをして、 「エナー、一緒に寝よー」 とか言ってみる。 「んなこと言ってトヤくん、ヤらしいことするつもりやろー?」 エナはやはり何でも冗談だと受け取る。コウジの表情がリアルに引きつっていた。 ニイに会いたいニイに会いたいニイに会いたい。 「しないよ。ただ、エナ可愛いーって思ったからだよ」 とか言ってみる。 「嘘やぁ。トヤくんが言っとること本当やったら、あたし今まで何回も襲われとるし。実際にあたし、痴漢にあったこともないんやで」 自分の言ったことに自分で笑うエナ。コウジは「冗談になってねぇ」と、口以上に目で言っていた。コウジはエナを襲うとか、そんなことを考えているのだろうか。僕はからかうつもりでエナの肩に凭れかかり、 「コージ、うらやましい?」 子供みたいなことを言ってみる。 「馬鹿」 意外にもコウジは自分の膝に肘を乗せて頬杖をついたまま一言を言い返してきただけだった。もっとガキっぽく慌てる人かと思ったけど、もしかするとコウジは自分がエナに惚れていることに気づいていないのかも。つまり、腹の中では訳もわからず僕のことを殴ってやりたいと思っているんだろう。 あぁニイに会いたい。 次に何を言おうかと考え、ふと僕は思い当たる。ニイに会いたいと思えば思うほど、エナを誘って、コウジを挑発していることに。ニイに会いたいと思うほど。 「エナ、エナ。僕はエナのこと好きだよ? エナは僕とコウジと、って言われたらどっち選ぶ?」 またも酔ったふりの戯れ。僕は今、死にそうなくらいニイに会いたい。 「寝ろ酔っ払い」 向かい側から立ちあがったコウジの手の平が、ニイを想って油断したすきに僕の頭をソファのアームレストに押し付ける。痛い。ちょっと本気だよこの人。 エナはマイペースに答える。 「どっちもスキやけどね。でもあたしはセンセー一筋やから」 にこりと笑う。コウジが驚いた顔をする。 先生? 「なんて答えでもええんかな?」 にこりと笑う。「じゃあもう寝れそうやわー」とか欠伸しながら言い、エナは自室へ戻ってゆく。コウジが同情するような顔でエナの背を見送っていた。なんだろう、先生って。 「……お前さ、何のつもり?」 万に一つもエナに聞こえないようにか、コウジは声を潜めて僕にそう言った。 「え……?」 首を傾ぐと、コウジが予想以上に腹を立てている様子だったので僕は酔ったふりを続ける。 「何のつもりもないよう? コウジも一緒に寝よーよ?」 ぐた、と凭れかかってみせる。コウジは嘆息をついてから僕に毛布を投げ、「おやすみ」と自室に戻っていった。酔っていると思ってくれたらしい。基本的に僕はいざこざが嫌いなのだ。 次の日。 「トーヤ邪魔。さっさと起きろ」 第一声が邪魔、だなんてヒドイなぁ。でもニイらしいや。 僕はニイに起こされたことに満足を感じる。寝ぼけたふりをして半眼でニイをじっと見続けた。でも退くことなくソファの上で寝続ける。するとニイは諦めて半分だけ落ちかかりながらアームレストに腰をおろした。 「今日、全員いないのか? みんなオン?」 すぐ頭の上でニイの声。 「私はオン。ユウトは……バイトじゃないけどもうどこかに出かけちゃったでしょ。エナちゃんとコウジくんはオフだと思ったけど……あなたもオフじゃなかった?」 ユナミの声。この人は声も綺麗だ。なんであんな無愛想の彼女に甘んじているのだろう。 僕は寝たふりを続ける。 「あぁ。誰も居ないなら、トーヤ起きたらどっかメシ食い行かねぇとと思って」 そのあとにニイは、 「ユナミかユウトかコウジがオフだったら、外出るの面倒だから何か作ってもらおうと思って。コウジに何か作らせるか……それとも帰るかな、こいつ」 と付け足した。意外にもあの無愛想なユウトはまともに料理ができる男らしい。あと、コウジも料理ができるというのは意外だ。エナとニイは家事音痴なのだろうか。 ユナミはくすりと笑って答える。 「今日はオフが多いなんて、珍しいわよね。……私は残業になりそうだけど」 「あー……お疲れ」 なんて会話を聞きながら僕は、あぁ今日はニイとエナとコウジと過ごすのか、なんて思ってそんな危ういメンツで顔をそろえるのなら家に帰ろうかななんて考えていた。それでも僕は自分が“そうしない”ことが分かっていた。今日、僕がこの部屋から出て行けばニイとの再会は終わるわけで、そうなってしまえば次に会えるかどうかも分からなかったから。まだ僕たちは大した話もしていない。 まだ、まだまだ僕は疼いている。ニイと話したくて、ニイに触れたくて。 ぴぴぴぴぴ、と電子音。ばごんっ、と勢いよくドアの開く音。誰かの荒々しい足音。ばごんっ、と勢いよくドアが開く音。コウジの怒鳴り声。エナの寝ぼけ声。 なんだこれ――というかコウジ、エナの部屋に平気で入っちゃうんだ。ノックもなしに。僕は他人事ながら、このままじゃコウジに春は来ないんじゃないかなんて思ってしまう。たぶんエナはそんな細かいことを気にするような子じゃないけど。でもコウジとエナの間に流れる雰囲気は恋人というより兄妹みたいだ。 「トーヤ、いい加減お前も起きろ」 頭の上からニイの声。2回も起こしてもらえたから、そろそろ満足して僕は起きるべきだろう。うん、と寝返りをうってから目を擦り、どうにか起きあがる。 「おはよ、ニイ」 思ったより寝ぼけた声が出た。 そして僕は寝ぼけたふりをして、気まぐれで思いつきの嘘をつく。 「ねぇニイ。僕、自分のアパートで水道と電気代滞納して止められちゃったんだけど、しばらくここにいていい? ソファで充分だから」 どうせ寝起きの妄言だと思われるだろうし、あまつさえ本気にしてくれたとしても昨晩のコウジみたいに「馬鹿」の一言であしらわれると思ったから。だからこんな嘘を平気で口から取り出せた。 「それマジで言ってんのお前。……別に俺はいいけど」 なんて。ニイはそんな答え方をしてくれて、だから僕はまだ自分が寝ていて夢を見ているんじゃないかなんて、すごく陳腐な思い違いをしかけた。現実だった。 「え、本当っ?」 がばっと起きあがる。実家が妙に余裕のある家で、僕はバイトなんかせず思う存分遊んでいても仕送りで生きていけるほどの贅沢な生活をしていたわけだけど。親の臑は生きているうちに齧らなきゃ損だ。 「他の奴らにも聞いてみて、いいって言われたらな」 「分かってるよ」 と答えるとコウジがエナを抱えて出てきて、小さな体を僕の向かいのソファに放った。 長い一日がはじまりそうだった。 「花火――前日編 -sound dies down, and wind dies down, too-the second day」に続く ≪ □ ≫ 一言でもコメントいただければシリーズとして書く気力も湧きます。 |
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