You are stronger than me
 But since you are as weak as me
 Some day you may be given the key to plea
 Though, please do not be frightened at sorrow
 You can smile without sadness
 You can fight without a fate
 You can sleep without a nightmare
 Because my magic is yours……――
 ――だとか格好つけて唄うのはいいよ。あたしの得意分野だ。しかも、いい歌になっているし。
 でも問題はそんなところじゃない。
 なんでライブ前日に歌詞を渡されるわけ?

 夕暮れ時。宵の口。
「あほー。あほあほあほっ!」
 連呼しながら頼りない背中を叩くエナ。
「だから、悪かったって! 本当っ」
 何度も謝りながら歩くコウジは自業自得だ。
「ねぇ、ニイ。エナとコウジっていつもこうなんだ?」
 呆れた顔で2人を見やるトウヤは、ニイの隣を歩きながら指先で後ろ髪をかき混ぜる。
「今日はいつもより醜悪」
 やはり呆れた顔で煙草を吹かすニイは答えた。
 コウジが振り向いたはずみに、彼が肩にかけていたベースがこつんとエナの側頭部を打つ。「痛っ」と悲鳴に似た声を出してエナは大げさに自分の頭を押さえた。
「なにしとんの虚弱! これ以上アホんなったらどう責任とってくれんねん」
 わめくエナに、ニイ以外には聞こえない程度の声でトウヤが答える。
「責任とるったらひとつでしょ」
 ニイは頬の片側を歪めて呆れたまま笑った。
「だな」
 コウジとエナは後ろで交わされる言葉に気づかず口論を続ける。
 いつもならいわれのない八つ当たりでケンカをするエナとコウジだったが、今日ばかりはエナの一方的な八つ当たりだとは言えない。コウジの作詞の手法は違う紙に何パターンもの詩を書いて部分的にくっつけていく方法だが、ベーシストでチキンな虚弱はエナに間違えた紙を渡して練習させていたらしい。ヴォーカリストが本来の詞を渡されたのはライブの前日。
 そして今はスタジオで合流するユウトとユナミを除いた3人(+トウヤ)でライブ前日に最後の練習へ向かう途中であった。好き放題さわぐエナとコウジだったが、夏の夕方だからこそいくら土手道と言えどそれなりの人通りがある。すれ違う人々は皆不審げな顔をして4人を見た。

 たまに、年に一度くらい道端で「あ、もしかしてヘルキャットのエナ?」とかファンから声をかけられるヴォーカリストあるいはギタリストはともかく、俺やニイさんはそんなちょっとした有名人気分を味わうこともない。今日まではそう思っていたのだが。
「あれ……? ベースのコウジ?」
 どうやら俺はというとバンド名より先に楽器が出てくるらしい。
「……え……そうスけど」お前誰だよ
 練習スタジオの入った雑居ビルの前で突然俺に話しかけてきたのは、肩に触れない程度の髪に軽いウエーブをかけた、見ているだけで折れそうなほど細い体の女の子。髪と同じ黒い瞳はびっくりするほど大きい。客観的に見て可愛い子だと思う。エナと同じかひとつふたつ年上かもしれない。
「うわぁー本物? 最高っ、握手してください」
 ちょっとだけ上目遣いに彼女が言い、やっぱり俺は「だからお前誰だよ」と思いつつ応じた。自分がこういった目に遇ってみて分かったが、あまり気分のいいものでもない。
「ベースの神と握手しちゃった――なんて。コウジに肖って私も上手くなれそう」
 手を離してから彼女が微笑む。そんな言葉を聞いてからようやく俺は、彼女が細身な体に似合わないベースを背負っていることに気づいた。一気に親近感が湧く。
「ベースやってんの?」
 訊くと、
「聞いたことないと思うけど……HolyBugってバンドで。ホーリーバグの新米ベーシスト、山野江合香です」
 と彼女――アイカは名乗り(興味本位で訊いてみたところ「ヤマノエ・アイカ」という妙な名前が本名らしい)、ようやくうちのバンドの稼ぎ頭に気づいた――かと思えば今度は、
「まさか、ドラムのニイ? すごっ……近くで見ると本当に背たかーい」
 横目でうかがうとちょっとだけエナが驚いた顔をしていた。
「どーも。ホーリーバグってガールズ?」
 くわえ煙草の不明瞭な声でニイさんが訊ね、するとアイカは何度か横に首を振った。
「まさか。メンバーで女は私だけですよ。やっぱりロックのヴォーカルはそこらの女の子には務まりませんし」
 エナは驚いた顔から不機嫌な顔になった。今日はただでさえ機嫌が悪いのだから(もちろん俺の責任だが)これ以上にエナを刺激しないでほしい。エナの唄は往々にして気分に左右されやすいのだ。
「あー……アイカちゃん? 俺らのヴォーカルこいつなんだけど……」
 と、ぶうたれた顔をするエナの頭に手を乗せてこっちに引き寄せると、アイカは両手を口元にあてて、ただでさえ大きな目をより丸くした。そしてむくれるエナの前に素早く移動。
「エナっ? 本当に? 遠くから見るより何倍も可愛いー……」
 まだ不信そうなエナ。
「私、エナ以外の女性ヴォーカリストのバンドは聞けないんです。やっぱエナくらいの力がないと女の子がロックを唄っても弱く感じて」
 またも驚いた顔に戻ったエナ。
「ファンなんです」
 笑うアイカに、ようやく普段どおりの表情を取り戻すエナ。
「本当? 最初ケンカ売っとんのかと思うたけど、買わんでよかったわ。紛らわしい言い方せんといてよー頼むから」
 言ったかと思えばエナは自分の財布を取り出し、札入れに入っていた唯一の紙を手にする。それをアイカに差し出し、
「特別プレゼント。暇やったら見にきて」
 明日のライブのチケットを渡す。
「え……いいんですか? ありがとう。絶対に行きます、何か差し入れ持って」
 大事そうに両手でチケットを持ち笑うアイカにエナも笑い、
「んー……じゃあ花火がえぇなぁ。この前、メンバーで花火やろうとしたら雨でダメんなっちゃったんよ」
 遠慮なくご要望。俺は思わずニイさんと顔を見合わせた。
「そうなんですか。じゃあ花火差し入れますね」
 不思議な顔も嫌そうな顔もせずアイカは笑顔で言った。

 床に腰をおろしてベースを抱え、チューニングをするコウジ。手持ち無沙汰にちびちびとジンジャーエールの入った金色のペットボトルを傾けるエナは、パイプ椅子の背を抱くよう逆向きに座ったまま、なんとなくコウジを眺めていた。ニイは向こうでトウヤを手伝わせながらドラムセットの位置を調節している。
 すると、かた、と重たいドアが押し開けられ、ギターを背負ったユウトがスタジオに入ってきた。無意識に音源を振り返って「おかえり、ユトさん」と声をかけたエナに、彼はやはり言葉少なに「おう」と短い挨拶を返した。ここがあのアパートでなくとも、メンバーが顔をつき合わせている場所へ誰かが帰ってきたのなら、自然と口に出てしまうのは「おかえり」の言葉だった。
「口が生姜臭い」
 ベースを抱えて立ちあがったコウジがエナの頭を小突き、あやうくジンジャーエールを吹き出しそうになったエナはペットボトルのキャップを戻してから立ちあがる。
「悪かったなぁっ」
 ユウトが持ってきて床に放置していたペットボトルを手に取り、中の緑茶で口を漱いでから窓を開けて外に吐き出した。その様子を見ていたニイが「げー……」とふざけて呟いてから、エナに聞こえるくらいに声量を増やして言う。
「エナ、下に人いたらどうすんだよ」  エナは、がらがら、と再び窓を開きビルの足元を覗く。
「大丈夫。誰もおらん」
 トウヤがニイにしか聞こえない声で言った。
「やっぱエナって変」
 変と言われたことに気づかないエナは、未だ覚えられない歌詞の書かれた紙を荷物の中から取り出しつつ片手間にコウジをいじめる。

 練習をはじめてから1時間半、1回目の休憩。
「やっぱすごいね、音楽って」
 1時間半もじっと演奏を聴いていたトウヤが言い、その発言にエナとコウジとニイとユウトの4人がそろって(と言っても向き直り具合に個人差はあるが)彼を振り返った。
「昨日のライブはあまりよく聴けなかったんだけど、今じっくり聴いてみて思った。みんな、すごい格好良く見えるし」
 トウヤが偶然にニイと再会した日のライブから中1日を開けて、同じライブハウスで2日目の公演を明日に控えた、こぢんまりとしたロックバンドのメンバーに言う。
 バンド自体はメンバーも特に目立ったところはないし規模的にも小さなものだが、どうもヘルキャットというバンドはロック好きだけでなく一般受けもするらしい。本人たちに言わせれば知ったことではないが、実はインディーズ界(ヘルキャットはインディーズアルバムすら出していないのだが)でちょっとした有名バンドになっていた。
 どこか居心地悪そうに立ちあがったユウトは「便所」とぶっきらぼうに告げてスタジオを出て行く。このビルはいちいち1階まで階段をおりないと(もちろんエレベーターなんて高度な文明は取り入れられていない)トイレのひとつもない不便な建物だ。
 スタジオに残されたエナとコウジとニイとトウヤは、トウヤ1人を除いて妙に苦笑の混ざった呆れ顔をする。訳が分からずトウヤは、
「僕、なんかユウトを怒らせるようなこと言った?」
 訊いてみると、
「ちゃう、ちゃう。あの人、あれで照れてんの」
 とエナに説明され、トウヤは心の中で「紛らわしい奴っ」と思うと同時に、妙な苦笑の混ざった呆れ顔を作った。
「それと」
 コウジが言う。
「それと、まだユナミさんが来ないから心配なんだろ」
 確かに、とエナが呟き、皆が「苦笑の混ざった呆れ顔」にちょっと疲れた表情を混ぜた。

 もちろんこの雑居ビルではトイレが男女別に分けられているなんて殊勝な気遣いはなく(そもそもスタジオの利用者がロックバンドばかりで、つまりトイレの利用率も男性が圧倒的に多いから(と正当化された怠慢)だ)、ドアノブに表示されている色が赤であることを視認してからユウトは扉の横の壁に背を預けた。と、扉越しに、けほけほ、という誰かの咳き込む声が聞こえる。
 音楽スタジオのトイレなだけあって防音は完璧なのだが、それはあくまでもトイレの“個室”の話で、扉の中から声が聞こえたということは手洗い用の蛇口(これがまたボロっちい)のあたりで咳き込んだというわけで。
 かちゃ。咳が聞こえてから少しタイムラグを取り、扉が開く。
「……ユウト? 今、休憩――」
「ユナミ? お前、今日遅いから――」
 同時に声を発してから、妙に居心地の悪い間ができた。それを先に破ったのはユウトで、
「大丈夫か」
 訊ねるとユナミは珍しく驚いた顔をして、
「あ……今の……?」
 思わず聞き返してから表情を取り繕った。
「ありがとう……大丈夫。……駅から慌ててここまで来たから、だと思う」
 煮え切らない台詞にユウトは少しだけ拗ねた顔になり、
「……無理すんなよ」
 とだけ言った。慣れない嘘の裏表を思わず全部吐き出してしまいそうになったが、ユナミは今すぐユウトに抱きつきたい気持ちを抑えてどうにか笑う。
「もちろん。先に上へ行ってるわ」
 肩をすくめてみせただけの彼に背を向け、彼女はゆっくり階段をのぼりはじめた。4段目に足をかけたところで立ち止まり、鎖骨の辺りを手の平で押さえて深呼吸をしながら思う。
 まだ、言えない。
 と。

 練習をはじめてから2時間。2度目の練習開始。
「少しだけ窓を開けてもいい? 気分が悪くて」
 自分の楽器を手にしはじめたメンバーに、パイプ椅子に腰かけたユナミが訊く。
「一応……楽器鳴らしてるときは窓の開放厳禁」誰も守ってない規約だけど
 壊れたエアコンを睨みながらニイが言い、エナが付け足した。
「ニイさんの許可出たで。開けてー」
 ニイの超・婉曲表現を、エナはいとも簡単に通訳してみせる。
 細く窓を開いたまま、ニイの持つスティックでテンポが取られ、3つ目の音でドラムと同時にギターが鳴る。8小節のギターソロを経てベースが入り、2小節後にヴォーカルが入る。
 You are stronger than me
 But since you are as weak as me
 Some day you may be given the key to plea
 Though, please do not be frightened at sorrow
 You can smile without sadness
 You can fight without a fate
 You can sleep without a nightmare
 Because my magic is yours……――
 時折、手にした紙をカンニングしながらエナが唄う。それを訊きながらユナミは、頭の中で歌詞を同時通訳した。
 この歌詞、コウジくんの――エナちゃんへの言葉?
 もっともコウジとエナの(あるいはコウジの一方的な)思いに気づいていないのは当人たち(+ユウト)だけで、ユナミとニイとトウヤ(彼は出会って2、3日しか経っていないにも関わらず)はとうに気づいていた。真に微笑ましく、同時に何よりじれったいのは、まだ誰の中でも明確に動き出していない感情。
 窓の外のそれにはコウジが一番に気づき、続いて彼の視線を辿ったトウヤが気づく。2人の様子を見てニイが動きを止め、ユウトはギターを引き続けたが目は窓の外を眺めている。エナは唄うことを止めず、小さな声で唄いながら夜空を望む。
 パターン化された光の配置は規則的で、しかし、ひとつひとつが空に輝き消える間の時間は不規則的で。すぐに光の花が連発すれば感心し、じっくりと一花ずつ焦らされれば大輪の咲き誇るさまに期待を上乗せした感動が現われる。
 どこかの花火大会か、それとも何かのイベントで戯れに打ちあげられたものか、とにかく何がしかの花火が次々と宵闇に咲いていた。
 細く開けられた窓はいつしか全開にされ、かすかに吹き込む風は、ギターの声と歌声が徐々に小さくなり消えるに従って部屋の中に溶けて消える。
 響きは次第に消え、風も次第に消えた。

 遠空に咲く花火も、次第に輝きを失った。
 しかし新たな輝きは、次々と黒に咲いていた。



 「花火――スプリンクラー編 -the discovery which drips-the third day」に続く


 
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