3月3日 きみはいいコだけど、僕の手には余るみたいだ。きみの絵は今でも好きだよ。だから、きみは絵を描き続けながら、僕よりいい人を探したほうがいい。絵を描くことは止めないでくれるね? 僕は本当にきみの絵が好きなんだ。 というのが、あの人と最後に交わした言葉だった。 * * * 3月4日 私が絵も描けないほど孤独だってこと、知ってるくせに。 知ってるくせに、あの人は私を突き放した。 今日も絵が描けなかった。早くあの人の代わりを探さないと。 * * * 4月1日 あの人に会った。 私が見たこともない外車に可愛い彼女を乗せていた。 たぶんエイプリルフールのイベントではないだろう。 * * * 7月9日 スケッチブックを持って動物園に行った。 家族連れや恋人たちが大勢居て、私は絵を描けなかった。 あの人が言うには、私の絵には幸福感が溢れているそう。あの人はそういう絵を好きだと言った。 今の私に、そんな絵が描けるわけがない。 * * * 9月28日 一人前の画家みたいに、腹が立ったから絵筆を折ってみた。 あの人は絵を描き続けてと言っていたのに、なにを馬鹿なことしているんだろう。 明日、新しい筆を買いに行こう。 * * * 11月14日 お母さんから手紙が来た。お金にもならない絵ばかり描いていないで、はやく定職につけ。 お父さんから電話が来た。留守電にメッセージが残っていた。お前は絵で食べていけるわけでもないんだから、見合いさせるから連絡を寄越せ。 送られてきたお見合い写真にアクリルガッシュで悪戯書きをした。 * * * 1月2日 お父さんから電話が来た。留守電にメッセージが残っていた。親よりも絵が大切だと言うならお前は勘当だ。 新年早々、自分の親ながら血気盛んだ。 勘当息子とはよく言うけれど、私は勘当娘になってしまった。 * * * 2月26日 とある画廊に絵を持ち込んだ。 こんなものは置けないと言われた。 貯金が残り72円になった。 * * * 3月3日 あれから一年。 まだ私は大丈夫。 あの人に絵を描き続けてと言われたからには、絵を描き続けてみせる。 たぶん世間から見れば私は正しくない。親に勘当されてまで、ろくな仕事もせず、別れた男の言葉に従って絵を描き続けるなんて狂ってる。 正しくないのなんて、なんの問題もない。私の絵が(例えばあの人みたいに)誰かに、なにかの共鳴を起こせれば、それは嬉しいことだろうから。だから頑張ろうと思う。 * * * 3月4日 2月とは別の画廊に絵を持ち込んだ。店主だという私よりもいくらか年上の男の人に褒められた。とりあえず1ヶ月、絵を置いてくれるらしい。 どうしよう。嬉しい。 * * * 4月1日 水谷さん(画廊の店主・32歳)に、結婚を前提に付き合って欲しいと言われた。 私は、まだあの人に従って絵を描いている。こんな私でいいのだろうか。 ひとまず正しいかどうかは別にして、水谷さんは私の絵に何か響くものを感じてくれ――今、水谷さんから電話があった。思い切ってあの人のことを話した。 たぶん私は、これからはあの人じゃなく彼の願いとして絵を描いていくことができる。 あの人の、私を突き放すための願いなんかじゃなくて。 彼は、私をつなぎ止めるために、僕の隣で絵を描いていて、と願ってくれている。 私はさながら茨の道と言えるような道を歩いてきたけど、正しくなくたって平気だった。いつかは、誰かが自分と同じ感覚をもって共鳴を起こしてくれる。そう、思う。 そろそろ寝よう。明日、あらためて水谷さんと話をしよう。 エイプリルフールのイベントでないことを祈る。 了 ≪□≫ |